名所江戸百景 にい宿のわたし(安政4年)

名所江戸百景 にい宿のわたし(安政4年)

(作者)歌川広重
千住宿(足立区)から分岐する水戸佐倉道は、中川を渡しで越えて西新宿に至ります。しかし中川は江戸中期まで現在の水元公園から江戸川に合流しており、この地点には締切堤が築かれて亀有溜井が置かれていました。享年14年(1729)小合溜井の成立により本流となった際、川幅が三倍に切り広げられ、広重が描く景観が出現しました。画面遠方には筑波山が望めます。

名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね(安政4年)

名所江戸百景 四ツ木通用水引ふね(安政4年)

(作者)歌川広重
利根川中流の川俣を取水口とする西用水は、当区に入るとJR常磐線のガード下の南で二筋の水路になっていました。このうち西側の水路は、埋立・干拓地である本所・深川方面へ飲み水を供給した亀有(本所)上水で、廃された後は古上水堀と呼ばれました。享保年間から明治初年まで、篠原・四ツ木村~亀有村間の28町余は、船頭が土手から船の舳先につけた縄を引く曳舟が行われました。遠方の山は筑波山です。